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2018.06.26

【恩師が語る日本代表選手♯第3回 長友佑都(ガラタサライ)】<後編>最大の能力は同じ失敗を二度と繰り返さないインテリジェンス

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日本代表選手は、どのような少年時代を過ごしてきたのか。多くの期待を背負って戦う選手たちの成長過程を、恩師の言葉によって振り返っていく。第3回長友佑都選手(ガラタサライ)後編。大学時代の恩師・神川明彦さん(現 明治大学付属明治高等学校・中学校サッカー部 総監督)に話を伺った。

当時、明治大学は1部リーグに昇格して2年目。前年度の成績は12チーム中9位で、前期リーグ終了時の順位も8位と上位にいるわけではなかった。しかし長友佑都選手がスタメンに定着した後期リーグは10勝1分と負け無しで3位まで浮上。そうしたチームの好調と相まって、長友選手の存在も少しずつクローズアップされるようになっていった。

「たぶん、それで少し本人もテングになっていた部分もあったのではないか」と神川さん。長友選手は後期リーグ11試合すべてに出場したが、1試合だけ前半で交代させた試合がある。それが、後期リーグのちょうど折り返し地点にあたる第16節の法政大学戦だった。

「あの日の彼は3バックの右をやっていたのですが、ゴール前の、慎重にプレーすべきところでクライフターンをしたんです。そうしたら案の定、ボールを奪われて先制点を決められてしまった。試合開始直後からプレーがふわっとしていて、何かやらかしそうだなと思っていたのですが“やっぱり”という感じでした」

そのプレーを見た神川さんは、ハーフタイムに理由も何も告げず長友選手を下げた。怒ることもしなかったという。「長友なら何も説明しなくてもわかってくれると思っていたので」と神川さん。その言葉どおり、長友が明治大学に在学中、同じようなミスで失点をすることはなかった。

だが、一度だけ大声を張り上げて長友選手を叱咤したこともある。3年次の前期リーグ戦での早稲田大学戦だ。

当時の長友選手は関東大学選抜や全日本大学選抜にも選ばれ、春先から地域対抗戦や海外キャンプなどに相次いで参加。FC東京の特別指定選手にもなり、ほぼ休みなしの状況でリーグ戦開幕を迎えた。そのうえで、この試合はゴールデンウィーク連戦の終盤にあたり「疲れもたまっていたのだと思う」と神川さん。前半、明らかに動きに精彩を欠く長友選手を見て、神川さんはハーフタイムに「怪我なのか、疲れて動けないのか。それならそう言え。そうじゃないならきちんとやれ!」と雷を落とした。すると後半、長友選手のプレーが一変。のみならず、これまで試合ではほとんどやったことのないセットプレーのキッカーを志願。フリーキックからゴールを決めチームを勝利に結びつけた。

「あれには驚きました」と笑いながら、神川さんは「忘れられない」というこの2つの出来事を引き合いに語った。

「彼の優れた能力は1対1の守備ですし、その能力がサイドバックにコンバートするきっかけにもなりました。けれど後々思い返すと、彼の最大の能力は同じ失敗を二度と繰り返さないインテリジェンスにあったのだと思います。失敗から学んで、同じ失敗を繰り返さない。大きな失敗もするけれど、確実に修正をしてくる。振れ幅は大きいけれど、修正後はより以上に大きく成長する。それが彼のいちばん優れているところじゃないでしょうか」

その年、明治大学は長友選手の活躍もあり、前期終了時5位から奇跡的な逆転優勝を決める。そして長友選手は3年生いっぱいで明治大学サッカー部を辞め、FC東京入りを決断する。

「FC東京入りを考えているという話は、周囲から漏れ聞こえてきましたが、なかなか僕には言いにくかったみたいです。だから僕から声をかけました。“佑都、俺に話すことがあるんじゃない?”と。同期はどう考えているか聞いたら“お前の選択を尊重すると言ってくれています”と言うので、それならいいよ、と。ただし大学をちゃんと卒業してほしいというのが僕からの条件でした」

長友選手はプロ入り後も目覚ましい活躍を見せ、5月24日の『キリンカップサッカー2008』コートジボワール戦でA代表としてデビュー。ほどなくして、神川さんの元には長友選手からブルーペナント(※)が贈られた。

「ブルーペナントをいただくまで、こうしたものがあるとは知らなかったのですが、正直うれしかったですね。僕は指導者を志す中で、“世界に通用する選手を育成すること”を目標にしてきました。そのためにはまず、日本代表にならないと国際的な活躍ができない。それを長友がはたしてくれた。このペナントはその証なわけですから。長友は結局日本代表という目標をかなえただけではなく、ワールドカップにも出場してくれた。彼がワールドカップに初出場した、『2010FIFAワールドカップ南アフリカ』カメルーン戦のときの君が代は忘れられません」

その後、山田大記選手(ジュビロ磐田)、丸山祐市選手(FC東京)も日本代表に選出され、ブルーペナントが贈られてきた。そのたびに「決して長友がまぐれで育ったのではなかったことを実感する。指導者冥利につきる」という神川さん。

「歩みをとめない彼のサッカーに対する姿勢、人生に対する姿勢は、僕にとっても学ぶばかりです。現実的にいえば、彼が日本代表としてワールドカップに出場するのは、これが最後の大会になるのではないかと思います。だからこそ、この大会ですべてを出し尽くしてほしいですね」

かつての教え子に、そうエールの言葉を送った。

※「ブルーペナント(日本代表・育成指導者表彰)制度」・・・日本サッカー協会では、全国で若い選手たちのために情熱を傾けている多くの指導者の皆さんへのやりがい、モチベーションにつなげることを目的として、日本代表に初選出された選手から育成年代で指導に携わった指導者にブルーペナントと感謝状を送っています。

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